プロフィール

テト

私が初めてパソコンに触れたのは、小学生の頃です。
友達の家にパソコンがあり、そこでゲームができたので、遊びに行っていました。
記憶がおぼろげですが、5インチのフロッピーディスクに潜水艦だったかのゲームが入っており、遊んだと思います。

中学生になり、体験入学で工業高校に行きました。
そこで、ポケットコンピューター(ポケコン)でBASICにふれました。
それが楽しかったのもあり、その工業高校に入学しました。

当時高かったであろうパソコンを親に買ってもらいました。
NECのPC-9801 FAで3.5インチのフロッピーディスクのやつです。
HDDはついていませんでしたので、外付けのSCSIのHDD(100MB)を増設して使っていました。
ターミネーターという終端装置を付けるあれです。
100MBは当時大容量であり、使い切るなんて当時は考えられませんでしたね。
フロッピーディスクですら容量は1MBほどですが、使い切ると思っていませんでしたから。
OSはWindowsはまだなく、MS-DOSでファイラーを立ち上げて、ドキュメントを作るのは一太郎で作業していました。
名前は忘れましたが、一太郎のほかにもワープロソフトを使っていました。

学校の課題はカッコよくパソコンで作って印刷して提出していました。
課題がほぼ終わりかけたころ、雷で停電して、データが吹っ飛んだ苦い経験があり、それ以来セーブはこまめにするようになりましたね。

1993年にWindows 3.1が発売され、フロッピーディスクの枚数がたくさんあったのを覚えています。
インストールも大変ですが、1枚でもフロッピーディスクに異常が出ると使えなくなる恐怖が大きかったです。
だいたいこのぐらいから、CD-ROMが普及しだして、ソフトはCD-ROMで配布されるようになってきたかと思います。

大学に進学し、大学がプロバイダのサービスを提供していたので、夜の23時からテレホーダイでモデムを使ってインターネットにアクセスできるようになりました。
テレホーダイとは、設定した番号への電話料金が23時以降の接続は固定になるサービスです。
モデムの回線速度は56kbpsだったでしょうか。
ピーガガガガといった音が鳴って接続していたのは良い思い出です。

大学にノートパソコンを持っていくのも流行りだして、友人がカラー液晶のノートパソコンを購入した時はうらやましかったです。
SONYもパソコン(vaio)を作り出して、とても衝撃を受けたのを覚えています。
今までずっとパソコンといえばNECでしたが、DOS/V互換機に押され、PC-98の独自パソコンはなくなってしまいましたね。
パソコンは高かったため、大学の友人と電気街にいったりして、自作パソコンを作るのも流行っていました。無駄にフルタワーの筐体を買ったりしてました。

携帯電話やPHSが普及しだしました。
携帯電話は値段も高く、PHSのほうが安かったですね。
このころはまだスマートフォンもなく、電話と短いメッセージのやり取りができるだけでした。
携帯電話、PHSの普及により、ポケベル(ポケットベル)がなくなりましたね。公衆電話でピポパしていたのがとても懐かしい。
ポケベルが流行っていたのは高校から大学にかけてですが、高校にポケベルを持っていったらいけなかったので、先生に見つかったら取られている人がいました。
今はスマホは当たり前の時代で、スマホを取られることはないのかな?

2000年頃、幸い自宅はCATVの回線が引かれており、ブロードバンド回線の提供がされたので、すぐに契約。常時高速インターネット環境ができたのは嬉しかったです。
この頃、ADSLが広まってきて、一気にインターネットが普及しましたね。NTTの局から近ければ近いほど性能が出たので、遠くに住んでいる人は、近くに住んでいる人がうらやましかったでしょうね。

社会人になって、出張で家にいないことも出てきたため、モバイル環境が必須になり、PCカードのPHSを契約したりしました。
スマホのようなPDA端末、SHARPのW-ZERO3というのも買ったりしましたね。よくハングしていましたが(笑)
スマホもない時代、W-ZERO3を見せたりすると、変人の目で見られていました。

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